いきなりですが、高田屋嘉兵衛という名前を聞いたことはありますでしょうか?
私も淡路島移住後に初めて知ったのですが、江戸時代後期に生きた淡路島出身の商人の名です。有名な黒船来航が1853年。嘉兵衛が生きたのが1769年から1827年ですから、明治維新前夜を生きた商人ということになります。
司馬遼太郎著「菜の花の沖」の主人公であり、司馬遼太郎が「今でも世界のどんな舞台でも通用する人物」と惚れ込み、「歴史上の人物にもし会えるなら、高田屋嘉兵衛に会いたい」とまで言ったとか…。織田信長でも、豊臣秀吉でも、徳川家康でもなく、高田屋嘉兵衛なのだそうです。
私も興味が出てきて「菜の花の沖」を読んでみたんですが、これが実に面白く、すっかり嘉兵衛ファンとなってしまいました。

貧しい家に育った嘉兵衛は、口減らしのために奉公に出され、江戸時代の閉鎖的な社会の中で壮絶なイジメにあい、海に出ることを決意します。最初は”雇われ”であった嘉兵衛ですが、船を操る類まれなる才能と、時には無謀とも思えるチャレンジ精神によって、短期間で自身の船を持つまでに成長、いわば”独立起業”します。
商売の成功を手に入れた嘉兵衛ですが、彼の人生にはさらにその先がありました。江戸幕府の役人からも信頼され、頼りにされた嘉兵衛は幕府の蝦夷地開拓を手伝うことを決意、遠くエトロフ島までの航路を開拓することにも成功しますが、ある時運悪く日本とロシアの争いに巻き込まれ、ロシア船ディアナ号に捕えられてしまいます。しかし、カムチャツカまで拉致された嘉兵衛は自らに国家外交という難題を課すのです。現地で片言のロシア語を習得、ディアナ号副艦長リコルドや船員達と信頼関係を築き、最後は日本とロシアの外交問題を解決に導く…というお話です。嘉兵衛がいなければ、日露戦争は別の形で、もっと早く起きた可能性が高いのです。

幼少期を除き、節目節目で誰からも信頼を勝ち得た嘉兵衛ですが、特にリコルドと絆を深めていく過程はまさに命がけ、読んでいて感動してしまいました。私の中で、日本の歴史上の人物で上司にしたい人No.1かも(笑)。

前置きが長くなってしまいました。淡路島の都志という町に、今でもこの嘉兵衛を偲ぶ夏祭りがあります。「高田屋嘉兵衛まつり」というのですが、にわか嘉兵衛ファンとして行ってきたので、そちらを紹介させて頂こうと思います。

都志大橋:子供の頃の嘉兵衛が頻繁に渡った橋で、今では船がデザインされています。会場へ向かう道中に見つけました。
都志大橋

盆踊り:会場に到着。高田屋嘉兵衛音頭に合わせ、地元の方は振り付けも完璧!
高田屋嘉兵衛音頭

夜店:店によっては行列ができてました。謎です(笑)。

高田屋太鼓:他にも様々なステージがありましたが、トリがこちらの高田屋太鼓。
高田屋太鼓

花火:祭りのフィナーレ
花火

平日開催(8/15)とあって、観光客は少なく、地元密着のお祭りといった雰囲気でした。
嘉兵衛が整備した町、函館の副市長が挨拶したり、ステージに北海道大学の学生が登場したりするのは、この祭りならでは。涼しくなったら、都志の町をぶらぶら散歩してみようかな…。