前回紹介した「債務残高/GDP比」に加え、日本の財政破綻を煽る記事によく出てくるのが「国民1人あたり○○円」という説明でしょう。メディアだけでなく、財務省まで「日本の財政を家計に例えると…」などというコンテンツを作成して公開しています。企業の財務やバランスシートについて見識のある方には当然の話だと思いますが、これは極めてミスリーディングな例えです。

「組織の借金」と「個人の借金」は大きく違う

以前、製造業を例にして、組織の借金についてこんな説明をしたことがあります。

・ 売上を増やすためには、材料を買うための運転資金が必要になる
・ 手元に現金がなければ、銀行から借金をする
・ 完成品ができあがって売上が上がればメデタシメデタシ

業績の良い企業でもこのように借入をしているのが普通ですし、全額返済を目標に経営している会社などまずありません。効率良く売上や利益を上げるために、借金を活用するのです。
銀行を例にすると、「組織の借金を全額返済する」という考え方はもっと変です。

・ 皆様から預金を集める
・ 集めた預金を使って企業に融資し、金利を稼げばメデタシメデタシ

預金とは「お金を預ける」と書きますが、皆様が銀行に「お金を貸す」ことに他なりません。だから皆様は預金すると利子をもらえる訳です。逆に、銀行側から見れば預金は利子をつけて返済しなければならない借金ですが、銀行が預金(=借金)を全額返済しようと頑張っていると考える方はさすがにいないでしょう。銀行もまた、預金と名のついた借金を活用してビジネスをしています。

もうお分かりだと思います。組織が借金を全額返済する必要などありません。築き上げた信用の範囲内で増減はあるものの、株主が変わろうが、社長が変わろうが、組織は借金を活用し続けるのです。
一方の個人はどうでしょうか。どれだけお金を稼ぎ、信用を築いたところで、生物としての寿命からは逃れられません。つまり、どう頑張っても死んでいなくなってしまう。だから、どこかで必ず借金を清算しなければならないのです。ここに、組織の借金と個人の借金の大きな違いがあります。同じ借金でも、返済に対する考え方が全く違うということですね。

国(政府)も債務を全額返済する必要などありません。国(政府)というのは、徴税権や通貨発行への影響力を持つ分、企業よりずっと有利な立場にいる組織です。国(政府)の大きな債務を家計に例えられると、何となく「早く返さないとマズイ…」と感じてしまうかもしれませんが、家計における借金とは全く違う代物だということを念頭において、記事を読まれた方がいいでしょう。

財務省が作ったコンテンツに嘘はどこにもありません。例えてるだけですから。しかし、何らかの意図をもって国の債務を家計に例えているのだとしたら、少々悪質だと思う訳です。

次回に続きます。