最近、自身の仕事に集中するあまり、ブログの更新がおろそかになっているAROTですが、本件は私の知る限りのことをお知らせしておこうと思い、久しぶりに長文の投稿です。タイトルの通り、HFT(High Frequency Trade)についてです。

先日、日本経済新聞社の「手数料ゼロが招く歪み 証券会社と高速取引業者の蜜月」という記事がキッカケとなり、SBI証券とHFT(High Frequency Trade)業者との関係によって個人投資家が不利益を被っている可能性が指摘されました。ちなみに、SBIホールディングスの北尾氏はこちらで反論しています。
反論内容を私も読みましたが、確かに納得できない主張が多々あります。SBI証券やHFT業者を批判するのはいとも簡単でしょう。が、私には一方で「何を今さら…」という感想も正直あるのです。我々投資家にとって何より大事なのは、HFTのことを正しく理解してうまく付き合うこと、ということでHFTについて私が知っている情報をまとめてみます。

HFTの例

まず、HFTなんて聞いたことがない/怪しい/恐ろしいと思われている方もいらっしゃると思うので、HFTの典型的なトレードを紹介します。例えば日本株のトレードにおいて、こんな感じの板があったとしましょう(左の数字が価格、右の数字が数量)。

売り

105 200
102 500
100 500

買い

99 500
98 1000
97 200

さて、投資家Aさんがこの株式を1000株買いたいと思い、証券会社から1000株の成行注文を入れたとしましょう。もちろん、Aさんは100円で500株、102円で500株約定することを期待しています。が、なぜか105円で1000株約定しました。高い値段で買わされた訳です。運が悪かった…のでしょうか?
別の投資家Bさんがこんな売買をしているとしたらどうでしょうか。投資家Aさんの1000株の成行注文を見て、瞬時に100円と102円の注文を買い、すぐさま105円で売り注文を入れる。もちろん、確実にAさんが買ってくれるのを知った上で。この例だと、Bさんは平均101円で1000株買って、105円で1000株売っていますから、4000円の利益ということになります。こういった売買を至る所で繰り返し、いわば「ノーリスクで丸儲け」を狙うのがHFTの基本的な仕掛けです。そんな短時間に…と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、昨今のコンピューター性能からすれば余裕です。

HFTとフロントランニング

さて、こんなことができるBさんとは誰でしょうか?

最初に疑うべきは、Aさんが注文を入れた証券会社でしょう。お客様の注文を使って自己売買部門が鞘取りする訳です。フロントランニングと呼ばれる行為で、もちろん今では法律で禁止されています。でも、だから大丈夫、でしょうか?
実際にフロントランニングであることを証明するのは相当難しいと思うのですよ。「偶然同時に起きました」と徹底抗戦されたら、検査当局も苦戦するのではないでしょうか。法律に書いたから大丈夫、契約書に書いたから大丈夫、人の世とはそう単純ではありません。極端な話、どれだけ法律で規制しても、殺人や強盗がなくなったことはないのですから。皆様の大事なお金です。こういった可能性を常に念頭においた上で自衛するにこしたことはありません。

又、Aさんが注文を入れた証券会社以外にも、ITを駆使して鞘取りの「時間」を見つけ出すプレイヤが存在します。外資系の証券会社や投資銀行、中でも皆様ご存知のゴールドマンサックスやモルガンスタンレーなどはその代表でしょう。なぜか日本の証券会社はこうした投資をする気力がないようです。
ただし、HFTの基本は、フロントランニングと名付けられた割と伝統的な売買を、注文を受けた証券会社以外のプレイヤがコンピューターを使って高速にやっているに過ぎません。「時間」さえ見つけ出すことができればよいのです。AIを含むソフトウェア技術よりも、コンピューター性能が勝負を決めます。資本力の勝負と言い換えてもいいかもしれません。実際、HFT業者間の競争は激しくなる一方で淘汰が進んでいるという話も聞こえてきます。実態は「濡れ手に粟」というイメージとは随分違っているのかもしれません。
HFT業者が直面している競争は他にもあります。HFTの影響を排除したい東証ともいわば競争関係にあるといっていいでしょう。ただ、競争にさらされてこなかった日本の金融業界のIT投資は随分遅れており、おそらくHFT業者が先を行く可能性の方が高いでしょう。又、今後、AIを含む様々なソフトウェア技術を駆使して全く新しい売買を試みるプレイヤが出てくる可能性もあります。こちらは私自身も情報を集めていますが、まだまだ不確定要素が多いですね。逆に言えば、一夜にしてゲームのルールが変わる可能性があるとも言えます。

HFTから身を守る方法

さて、HFTの売買の基本をご理解頂くと、身を守る方法も自然と見えてきます。

①成行注文を避ける

ここまでの説明で既にお分かりかと思いますが、何よりもまず成行注文をやめることです。特に流動性の小さな銘柄、板がスカスカな銘柄に対して成行注文を入れるのは絶対に避けるべきです。

②保有期間の”長い”トレード戦略を

HFTは高速に売り買いを繰り返します。極めて短い時間間隔に存在する小さな鞘をとるために、瞬間的にポジションをとるだけです。つまり、どちらかに大きく傾いたポジションを長期で持つということがありません。よって、より長い時間間隔でのトレード戦略を立てれば、自然とHFTの影響は小さくなっていきます。長いといっても、HFTから見て長ければいいのです。例えば1秒というのは、HFTからすれば無限に近い時間が流れています。

余談ですが、現在の株式市場がHFTの影響を受けているのは間違いありません。しかし、その性質上、日単位での市場の急落や急騰の犯人にするのは無理があります。

話を戻します。例えば私の場合、基本的に日単位でトレード戦略を立てています。一部デイトレもやっていますが、日足データを分析して作った戦略です。つまり、秒、分、時間といった単位の値動きとは一切無縁ということです。さらに、システムトレードの研究の過程で、多くの場合成行注文より指値注文の方が有利であることが分かっているので、成行注文を入れることもほとんどありません。こうなると、HFTの影響を感じることは全くといっていい程ありません。むしろ、HFTは私にとって流動性を提供してくれるありがたい存在だとさえ思います。

HFTを理解する上でもう一つご存知であった方がいいこと、それはHFTの誕生が市場の流動性というテーマと決して無縁でないことなのです。

HFTと市場の流動性

米国の新興企業向け株式市場NASDAQはご存知の方も多いでしょう。IT技術の発展、普及によって生まれた世界初の電子株式市場(バーチャル取引所)でもあります。

そもそも、なぜ取引所などというものを作り、取引を集約する必要があるのでしょうか?
この答えはただ1つでして、流動性が確保されるから、に他なりません。余談ですが、私が日本の株式市場から流動性を奪ったアベノミクスを否定するのは、こういった背景も踏まえてのことです。

NASDAQはバーチャル取引所ですから、取引フロアを縦横無尽に走り回って売買を補完する人間は、そもそも存在したことがありません。全てがコンピューターによる処理です。又、日本では東証が昔から価格板情報を公開していますが、NASDAQにはそういった機能もありませんでした。さて、NASDAQでどうやって流動性を確保するか?

この問いに対するNASDAQ関係者の回答が「フラッシュオーダー」だったのです。
フラッシュオーダーでは、非常に短い時間だけですが、事前に取引情報がオープンになります。
約定の可能性がどのくらいあるのか、価格はどのくらいになりそうか、全く見えない暗闇の中で売買することを想像してみて下さい。相当厳しくないですか?逆に東証のように板情報が公開されていれば、価格や数量がある程度予想でき、売買が活発になっていきます。NASDAQ関係者はフラッシュオーダーによって同じ効果を狙ったのです。

ある投資家が銘柄、数量、価格と共に、”フラッシュオーダー指定”を選択して注文を出す
→フラッシュオーダー受付業者に対し、0.03秒だけ前に公開される
→この公開された注文情報をベースに、別の投資家が注文を入れることができる

という訳で、板情報に似た仕組みであることがお分かり頂けるかと思います。そして、フラッシュオーダーとして注文を入れた投資家は一定の手数料がもらえました。0.03秒前に公開して取引所の流動性に貢献した対価という訳ですね。フラッシュオーダーという言葉にネガティブな印象を持たれている読者もおられるかもしれませんが、その実態はインチキでも何でもなく、「市場の流動性」という大きな価値を作り出すための、参加者の合意に基づいたリーズナブルな仕掛けです。繰り返しますが、流動性を提供できない取引所など、存在価値がありません。

もちろん、0.03秒という極めて短い時間での公開なので、個人投資家は直接的に恩恵を受けることはできません。よって、フラッシュオーダーは個人投資家に不利な仕組み、でしょうか?フラッシュオーダーによって取引所の流動性が担保されれば、最終的に個人投資家はその恩恵にただ乗りできる訳で、話がそう単純でないことは確かです。

もうお分かりかと思いますが、この0.03秒という事前情報を使ってシステム売買を繰り返し、積極的に儲けてやろうとするプレイヤが現れたのです。これがHFTの始まりです。
安心して取引できる環境の整備という点では微妙な要素もあるかもしれませんが、これはNASDAQが目指した流動性の確保そのものでもありました。そして、フラッシュオーダーとして注文を入れるかどうかは参加者の自由です。HFTに利用されることが嫌ならフラッシュオーダーにしなければいいだけ。決められたルールの中で参加者がそれぞれのリスク許容度にそって自由に取引をし、NASDAQは流動性を作り出すことに成功しました。現在NASDAQの取引所としての価値を疑う方はまずいないと思いますが、その成長過程でフラッシュオーダーやHFTが果たした役割は決して小さくないのです。

この後、IT技術の発展によって、HFTはフラッシュオーダーの0.03秒に当たる時間を自ら探し出すようになっていきます。そして、東証のように板情報が公開されている取引所は、HFTにとっては非常に収益機会の多い新たな活動の場と見えたことでしょう。もはやHFTを否定したところで何の得もありません。株式市場を含めた資本市場にはそういうプレイヤが存在することを理解し、上に書いたようにデメリットを回避しながら、流動性という大きなメリットを活用する方が余程意味があると思います。

長くなりました。今回のSBI証券による

  • Time In Forceと呼ばれる短期間だけ発注情報が公になるような設定や、
  • その事前情報を利用したHFTによる先回り売買

の記事を読んだ時、NASDAQが導入したフラッシュオーダーがまず最初に頭に浮かびました。結構似てると思いませんか?取引所が流動性確保のために考え出した工夫といった視点から見ると、また違った風景も見えるのではないかと、記事にまとめた次第です。
私自身は、取引所の流動性が担保されたり、(仮に)手数料が安くなったりするのであれば、多くの場合はそちらの注文を選びます。投資家1人1人がリスクを理解した上で自身に合った注文を入れられればいい訳で、今回のSBI証券のミスは、Time In Force導入の事実そのものよりも、Time In Force導入によるリスクとメリットを投資家にきちんと説明してこなかったことの方にあると私は思うのです。