前回の記事で、アベノミクスによる円安によって日本の輸出は上向くどころか、むしろ低迷しているという事実を明らかにしました。私は何も難しい数字は使っていません。ただJAMAが公開している自動車輸出実績を並べて、季節変動の影響を消すために12ヶ月移動平均をとっただけです。

自動車輸出実績と為替

輸出企業で会社員をしていた私からすると、実はこんな分析をするまでもなく、「通貨安で輸出が増える」というのは直感的にオカシイと感じてしまうのです。おそらく、(輸出企業でなくても)ビジネスの最前線で活躍されている方々の多くは同じ直感を持たれるんじゃないかと想像しますが、背景を説明してみたいと思います。

コモディティビジネス

通貨安が望ましいという考え方の根底には、「価格競争力を持てば勝てる」という単純な方程式があります。商品の価格こそがお客様にとっての最大の関心事で、そういった安い商品を数多く売ることでビジネスを成り立たせようという訳です。もちろん、そういった価格で勝負するしかないようなコモディティ(汎用品)ビジネスは、急速に縮小しているものの、今でも存在しています。
しかし、日本の多くの優秀な輸出企業は、とっくの昔にそういったコモディティビジネスの生産拠点を海外に移したり、場合によっては事業そのものから撤退し、日本国内に拠点を保有していることはまずありません。理由は簡単。日本企業が価格競争で勝てる訳ないから、です。日本人が、途上国と同じ労働条件で喜んで働くなら話は変わるかもしれませんが、ありえませんよね?

経済という点では、日本は既に成熟した先進国です。そんな国にそもそもコモディティの製造業を留められる訳がありません。かつて日本が米国から奪ったように、韓国や中国がその座を奪い、今また他の途上国に奪われようとしています。いずれ価格競争では勝てなくなる、これはどの国であろうと同じです。
しかし、コモディティの製造業を日本に奪われた米国が衰退した、なんていう話は聞いたことありませんよね。インターネット、シェールガス、世界にインパクトを与える新たな産業が生まれています。製造業にしたって、GEは業態を変えて世界最大のコングロマリットと呼ばれるようになり、アップルという別の付加価値で勝負する会社が世界を相手に活躍しています…。

付加価値ビジネス

日本の優秀な輸出企業も負けていません。私が上に書いたようなことは百も承知で、価格競争に巻き込まれない、付加価値の高いビジネスを生み出し、世界で勝負しています。そして、そういった付加価値ビジネスの拠点(工場等)を国外に出すことは決してありません。

こういった日本の輸出企業の実体が誰の眼にも明らかになった出来事があります。
意外に思われるかもしれませんが、東日本大震災です。
あの時、東北を中心に日本各地で大きな被害が出ましたが、それと同時に「世界のサプライチェーンがとまった」というニュースをご覧になった方も多いのではないでしょうか?中国や韓国に代替品があれば、サプライチェーンがとまるなんてことは起きるはずがありません。そうなんです。日本企業しか作り出すことのできない、付加価値の高い商品がたくさんあるんですよ。皆さんご存知のiPhoneにしたって、村田製作所のコンデンサー、ソニーのカメラモジュールがなければ作ることはできないのですから。

こういった付加価値ビジネスにおいて、通貨高なんて関係ありません。価格転嫁すればいいんですよ。「いやなら売れない。他を当たってくれ。以上」であります(笑)。iPhoneだって円安ドル高になった結果、日本での販売価格を上げましたよね。だからといって、iPhoneファンはAndroid端末を買うことはありません。それと同じことです。

本気で円高が困る人

日本の多くの優秀な輸出企業はコモディティビジネスを切り捨てる/外に出す一方で、歯を食いしばって付加価値ビジネスを作り上げてきました。これが円安にしても輸出が伸びない理由です。きちんとビジネスを組み上げてきた輸出企業にとって、もはや円高とか円安なんて関係ないんですよ。だって、付加価値のあるビジネスなんだから。さらにいえば、今のご時世、為替リスクをヘッジする金融商品だっていくらでもあります。

つまり、今さら「本気で円高が困る」などと言ってるのは、そういう対策をとってこなかった経営者に限られるのです。そういった会社が存在するのはよ~く存じ上げておりますが、これは明らかな経営ミス。業績が悪化したり、つぶれたりするのは、経済のダイナミズム/新陳代謝を考えれば当然のことで、少なくとも経営者は一刻も早く責任をとって退場すべきです。それが会社への、そして日本への最大の貢献となるでしょう。

誤解のないよう補足しておくと、最終的に救いの手を差し伸べることは必要だとは思いますよ。同じ日本人なのですから。が、それはあくまで「社会保障」という観点であって、大多数の日本企業、そして日本国民の足を引っ張る「通貨の毀損」では断じてない、と私は思います。